第15話【医療用ウィッグ】

投薬から3日間はとにかく身体が重かった。
逆に言えばそれ以外の発熱や吐き気などはなかったが、
とにかく身体が重かった。
通勤のため、いつもと同じ道を歩き、いつもと同じ作業を
いつもと同じようにしているつもりだったが、
ふと時計を見るといつもより時間がかかっている。
頭もボーっとしているようだった。

あと2日したら医療用ウィッグを試着しに行くことになっている。
もともとオシャレのセンスが低くて、洋服なども
無難なものばかり選んでいた。
それがいきなり強いこだわりを持ってウィッグを選ぶとは思えない。
加えてこの頭の反応の悪さ。
パートナーが付き合ってくれることになっていた。

私が予約したウィッグ店は、医療用ウィッグを取り扱っている。
自分がどれくらい脱毛するか分からないが、
頭が剥き出しになってしまうことを考えると
できるだけ肌に優しいウィッグが良いなと思っていた。
ただちょっとお値段が張るのだ。
医療費控除の対象にもならない。
「医療用ウィッグ」といっても、特に医師が必要と診断しない限り
美容目的のため、と解釈されるらしい。

抗がん剤の副作用で脱毛するから購入するのに「美容目的」?
なんとなく納得いかなかった。
自分がガンになっていろいろ調べるようになった。
ガンの罹患率は年々増加しているが、
医療が進んで働きながら治療している人も多いらしい。

「脱毛」って男性だって女性だって結構、精神的な負担がある。
私だって「意外とスキンヘッド、カッコいいかもよ?」
なんて家族や友人の前ではヘラヘラ笑っているけど、
じゃぁ、そのまま仕事に行ける?って言われたら話が別な訳で。

それでなくても、抗がん剤治療で身体がキツイ時に
精神的な負担など増やしたくない。
仕事や地域イベントなどの社会生活に
自信を持って参加するために「ウィッグ」を被りたいのだ。
「美容目的」の一言で片づけられちゃうと切ない。

自治体によっては、助成金が出るところもあるらしいのだが
私が住んでいるところは制度がなかった。
なので心とお財布の調整が難しく
だいぶ長いこと悩んでしまった。

ネットで資料請求をするとすぐに、
化学療法用か、円形脱毛用かと折り返しの電話があった。
送付する郵便物には店の名前は入れず
個人名で送りますね、とも説明された。
届いた資料にはケアマニュアルが同封されていた。
ウィッグの選び方だけでなく、毛髪に関する基礎知識から
治療前後の髪のお手入れ方法、まつ毛や眉毛も抜けてしまうので
メイクの方法なども書いてあり、男性のメイクについても触れていた。

何店舗かあるお店のうち1店舗が自宅から近かったのと
アフターフォローが充実していたので
他はあたらずこのお店にすぐさま予約を入れた。

店には個室がいくつかあった。
誰かに見られる心配もなくゆっくり試着できるようになっている。
ただ、もうどうしようなく身体が重くて頭がボーっとしていた。
できるだけ集中して、短い時間で決着をつけなければ。
お店の担当者の方は若い人だったが、
私の顔色をみて同じことを感じたのだろう、テキパキと

「このウィッグの特徴は頭頂部の人工皮膚なんです!
これがあると分け目がすごく自然に見えるんです。」

と、ポイントを押さえて説明をしたのち、
私の好みの髪型を聞いていくつか準備してくれた。

実際に着用して、頭のサイズ感や長さを確認。
そうなのだ。
マネキンがしているウィッグを見ると
「あ、これがいい。もう誰が何と言っても、絶対これがいい!」と
思うのだが、実際に私がつけてみると
見ていたイメージと違ったりするのだ。

だから思いのほか時間がかかった。
あまりに色々とつけてしまい、
どれが良いのかだんだん分からなくなってきてもいた。
それほど優柔不断な性格ではないのだが、
やっぱり体調のせいもあるのかもしれない。
準備時間に余裕があるのなら
ウィッグ選びは、治療前の元気な時に行ったほうが絶対にいい、と思った。
私の治療計画では、ウィッグは2年くらいは使うことになるだろうか。
だから慎重に選びたい。でも、もうそろそろギブアップ。

「これ、いいなー」と言った回数が多いウィッグを選び出して並べ、
そこからもう一度着用して、パートナーと相談して1つに決めた。
ちょっと後ろの毛が普段の自分の髪型より長いかな、とも思ったのだが、
せっかくならいつもと違う髪型にしてみたい、
という気持ちもあって決めた。
入店してから会計まで2時間弱。

「ありがとう、ありがとう。本当にありがとう!」

ウィッグは、パートナーがプレゼントしてくれた。

ウィッグを購入するか否か。
私は丸々、1週間、頭を抱えて毎日、うーうー、と唸っていた。
あまりの悩みっぷりと、あとで「髪の毛がないから・・・」と
また自分の殻に閉じこもられても困る、と
心配したパートナーが見るに見かねて購入を決めてくれたのだ。

0

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA