第14話【投薬の夜】

「お待たせ。終わった。さぁ急いで帰ろう」

私は編み物をしながら待っていた母に
せかすように声をかけた。

もうすぐ帰宅ラッシュにぶつかってしまう。
今のところ具合の悪いところはないが帰宅の途中で
具合が悪くなるとも限らない。
それにやっぱり寒さでぐったりしていた。

「今日はね、食欲がないかと思って
麺を持ってきたからラーメンを作ってあげるよ」

私は普段、あまり母のところに帰らない。
寂しい思いをさせているのは分かっていたが、
貧乏性なので時間があれば働くことを優先してしまっていた。
そういう事情もあるので、久々に娘に食事を作ることを
楽しみにしてしていてくれたのだろう。
心配そうな言葉と裏腹に、電車の中で
持参した麺をバッグからそっと見せたその表情は楽しそうだった。

「ん?」

投薬中は食欲がなくなることもあるという。
治療の前に病院から渡された
レジメの中の患者さんアンケートで
おすすめの食事は麺類が堂々の第1位、となっていた。

でも私の中ではなんとなく
「素うどん」などを勝手に想像していた。

「ラーメン?」

しかもわりとさっぱりしている塩とか醤油じゃなくて、
バッグからチョロっと顔を出しているそのラーメンの袋は
『悪いね、俺はとんこつラーメン!へへっ』とニヤついている。
とんこつラーメンってくどくないっけ?
あっさりしているんだっけ?
ややパニックを起こす。食べられるか?

作ってもらうので文句を言うわけにはいかないが
なんで「とんこつラーメン」なのだ。
今日は無難な「うどん」じゃないかね?

聞くとそのとんこつラーメンはお土産に頂いたものだという。
それならば有難く頂こう。でもせっかくのお土産を
ベストとは言えない体調で食べて味が分かるだろうか?
なんかもったいない。なんで今日なんだい?
その理由は急にモゴモゴ口の中で話す母の言葉で理解した。
「そろそろ賞味期限がねぇ・・・」

頂いたとんこつラーメンはさっぱりしていておいしかった。
グッタリと疲れてはいたが、
お腹も空いていたのであっけなく完食してしまった。

投薬した夜に発熱することがあるらしい。
事前に渡された薬を念のため枕元に置いて
その夜はすぐに横になった。

薬を飲む目安は37.5℃。
そこまでの熱は出なかったが、食べすぎたのか
だんだん気持ちが悪くなってきた。

母は隣の部屋からいろいろと話しかけているようだったが、
家のベッドで横になって安心したのか、緊張疲れも一気に出てきた。
ボーっとしてあんまり話が頭に入ってこない。

「今日はもう寝かせちゃいましょう。ありがとうございました」
延々としゃべり続ける母に、
パートナーが優しく声をかけた。

今日はいろいろな経験をした。
目にしたいろいろな窓口や関わった人の顔が浮かんでは消える。
あっという間に、私は母とパートナーに
感謝しながら眠りに落ちていった。

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