第19話【血液検査】

アッと言う間に2回目のFEC療法日になった。
今日も投薬の前に血圧・体温計測・血液検査をしてから
先生が診察で投薬の可否の判定をする。
初回の投薬日からの体調を報告。
3週間となると意外と記憶がなくなっていくので
毎日体調を記録するノートを病院から渡されていた。
「ふわふわ」めまいがあったがその他については
特につらい症状はなかった。

「発熱もなし?痛みもなし?口内炎も爪の異常もなし?」
「はい。あ、でも1日1回~2回の便通は壊れてました」
「薬は真面目に全部飲んでた?」
「はい。真面目に飲みました」
「う~ん、それは下剤が効きすぎてるのね」

そうだった。
投薬で便秘になることがあるので
処方されていた薬の中には下剤も入っていた。
下剤については様子を見て調整してよし、と言われていたが、
飲まなくてはいけない薬が余りに多いこと
薬によって朝と昼と夜だったり、昼だけだったり、と
管理が大変だったので2日目の夜に
朝・昼・晩で服用するセットをまとめて作っていた。
そこからあんまり考えないで
ひいひい言いながら下剤入りの1セットを飲んでいたのだ。
やっぱり私はどこか間抜けなんだよな。

基本的に丈夫なのね、と笑われて
今回の投薬もOKの判定が出た。

化学療法室の前で投薬の準備を待つ。
薬の調合は1時間くらいかかるので
さきほどもらった血液検査の結果を見てみた。
素人なので項目の1つ1つについて詳しくはないが
ほとんどの項目が基準値内に収まっている。
減少する、と言われている白血球も
今の段階では、ほんの気持ち基準に届かない程度だ。

(よしよし)

気分を良くしていたが次の項目で思わず息をのんだ。

【γ-GTP】

私はお酒を飲むので、この数年の健康診断で
この数値が少し気になっていた。
肝臓の病気をチェックする項目。
今回の検査ではこの項目だけが
勢いよく基準値を飛び出している。

乳ガンの治療に来ているのだが
すでに頭は「マサカ、カンゾウモ、ビョウキデハ!?」という考えで頭が一杯。
急いで自分の数値の意味をチェック。
とりあえず急いで病院で検査をする必要はなさそうだが
要注意、というところか。

『仕出かして来た過ちが私を許しはしないらしい』

中島みゆきさんの「愛情物語」という曲の一節が思わず口に出た。
5月30日の投薬を機に、酒とたばこは止めてきた。
でも今までの私はどうだったか?
嫌なことがあるとすぐにお酒に逃げるような生活をして時期があった。
溜息が出た。

【アルコールの影響を受けやすいので、検査前日の飲酒はNGです】

検索していたスマホ画面に表示されている文字。
そうだ!
ここのところ体調が良すぎてちょっと油断した。
明日はまた投薬だ、頑張ろう!という言い訳を作って
思わず昨日はビールに手を出してしまった。
缶ビール500mlを1本。いや、2本だったかな?
今回の異常値はそれが原因だと良いが。
次回から気を付けてとりあえず様子をみてみよう。

しかし。
この結果をこのまま持って帰ってパートナーに見せたら
「ほら、言わんこっちゃない」とお説教されるのは目に見えていた。

投薬までもう少し時間がある。
γ-GTPを下げる食材がないか検索しながら治療を待つことにした。

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第20話【フローズングローブ2】

診察から1時間ほど待つと化学療法室から名前を呼ばれた。
2回目の投薬ということでだいぶリラックスし
今回は一人で投薬を受けに来ていた。

最初に投薬するのは吐き気止め。
抗がん剤のエピルビシンを投薬する時に、前回同様
爪の変色対策としてフローズングローブをお願いした。

私が通院しているC病院では、爪への副作用対策として
このグローブが用意されているが、
病院によってはないところもあるらしい。
それでも希望する場合は患者が個人的に購入して
治療を受けているケースを先輩たちのブログで知った。
中には脱毛対策としてアイスキャップを購入している方もいるらしい。

イヤホンで視聴でしていたテレビが
「6月なのに今日は夏日です」と言っている。
けれどもそれを見ている私は両手両足に冷たいグローブをはめて
口の中にひっきりなしに氷を投入しているので寒くて仕方がない。
汗をかいているリポーターの話が別の世界のことのように感じられた。

2回目だけれど、この寒さはやっぱり慣れなかった。
むしろ1回目のほうが緊張していたからか
頑張れた気がする。

2回目のFEC療法では、氷を食べるのは途中でギブアップした。
口に含んでいた氷の臭いが急におかしく感じたのだ。
長い間、製氷機を放っておいた時に発生する
あの嫌な臭い!
売店で購入した氷だったし、
突然、臭いが変わるなんてことはないのだろうが
急にその臭いが口の中に広がって、吐き出しそうになった。
身体が冷やされ過ぎて、感覚がおかしくなったのだろうか。
それとも薬のせいだろうか?
とにかくその日から数日間は、氷はもとより
水も見ただけであの嫌な臭いの感覚が蘇ってしまい
とてもうけつけられなくなってしまった。

3回目の投薬の時に、もう氷を口に入れる自信がない。
困ったな、と同じ病気の先輩方のブログをいろいろ読んでいるうちに
口の中の氷は、時々舐めるので十分という方や、
やらなくても副作用が出ない人、
エピルビシンでは冷やしてもあまり効果はない、と
書かれている記事を書いている方を見つけたりした。
先輩方のブログでは随分、勉強させてもらっていたつもりだったが、
もしかして、頑張り過ぎたかな。

個人差があるので先輩方の経験は「あくまで参考」だ。
今のところ爪に異常はない。口内炎もない。
口内炎は譲れないけれど、
寒さとあの嫌な臭いに悩まされるのも耐えられない。
とりあえず3クール目の時に
自分の体調を説明して先生にアドバイスをもらおう。

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第21話【脱毛2】

私の脱毛のピークは2週間だった。
この2週間、私の髪の毛は
低温のシャワーに流され、
弱冷風のドライヤーで飛ばされ、
枕カバーに自ら突っ込んでゆき、
勢いよく抜けていった。
あまりによく抜けていくので
完全にツルツル頭になることを想像していた。

でもツルツル頭になってしまうのは正直イヤではなかった。
だって女性が頭をツルツルにするなんて
なかなかできないことだし!
そういえば昔見た、映画「G.Iジェーン」の
デミ・ムーアはカッコ良かったなぁ。
そうだ、せっかくだから真似して写真を撮ろうか、とまで考えていて
密かに楽しみにしていたのだ。

けれどもそう、うまくはいかなかった。
そろそろピークも終わったのかな、という頃に鏡で見た
私の髪の毛は、頭頂部を中心にO型に抜けていた。
すっかり地肌は見えているのだけれども
それでも厳しい脱毛期間を耐え抜いた少量の
髪の毛が「申しわけ~」なさそうにヘロヘロになりながら
頭が剥き出しになるのを辛うじて守っている。
写真を撮るには微妙すぎだ。

かと言って、せっかく残った髪の毛や
投薬中の白血球が少ない時期に
頭に傷をつけてしまう可能性を考えると
剃るのはためらわれて写真はすぐに諦めた。

脱毛が始まると髪の量が毎日減っていくので
外出時に被っているキャップやウィッグがだんだんブカブカになる。
髪の毛の有無で頭のサイズってこんなに変わるんだ。
ウィッグについては、ある程度脱毛のピークが落ち着いたら
サイズ直しをしてもらうことになっていたのだが
手持ちの帽子やキャップのサイズはそうはいかないので
下に不織布のキャップをつけていた。
夏目前の時期に被るキャップやウィッグはちょっとしたストレス。

頭が暑い。蒸れる。
事務所で社長が席を外す一瞬を狙っては
被り物の隙間から頭に扇風機の風を送る。
ああ、なんて涼しいんだろう!

ふうふう言いながら帰宅したらすぐに被り物を取る。
鏡に映る頭には汗でクタクタになった髪が張り付いている。
卵のような丸い頭は、玉のような汗を大量にかいている。

今日も一日、過酷な状況に耐えた髪の毛を思う。
「君たちは今日も良く頑張った」

なんとなく涙が滲む。

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