第25話【患者報告アウトカム】

fec療法3回目。
挨拶も早々に

「じゃちょっと診てみましょう」

このC病院では診察前の待ち時間に
前回の治療からこの3週間に身体に起きたこと、感じたこと、
不安に思っていることなどを記入して提出することになっている。
そこで私は思い切って、かなり気になっていたことを書いていた。

『副作用についてはまったくありません。
お陰様で仕事にも日常生活にもほとんど支障がありません。
ただ、しこりが小さくなった感じもなく、薬が効いているか不安があります』

触診して先生も納得。
う~んと少し考えたあと
fecをあと2回やった後に予定しているハーセプチンは、よく効くので期待して大丈夫、今回のfecでも効果がなければ次回のfecは少し薬の度合いを変える、と言った。

そこで私は他に2回目以降で気になった、身体のあちこちが不定期に、断続的に痛くなること、辛かった口内炎予防の氷のこととお陰様でほとんど使わない下剤と消化器系の薬が大量に余っている状況を報告。

身体の痛みについては、やはり元気に過ごしていても病気への不安が
全くないわけではない。ましてやしこりの変化も感じられていないので
正直「もしかして転移?」とふと不安になることが痛むたびにある。
その思いを勇気を出して聞く。

痛みや症状について人に説明するのは難しい。
今までもいろんな病院で歯がゆい思いをしてきたけれど、今回もあまり上手くは説明できなかった。
痛みの度合いは10を満点として
数字で表したり、種類は擬態語で伝える方法がかなり有効らしい。

そういったうまい説明が出来なかったせいか(その都度メモしておかなかったので記憶が少し曖昧だったのも失敗)今私が感じている痛みそのものが何であるか先生もはっきりとは断言はしなかった。

「でも転移ではないから大丈夫。」

新薬開発の臨床試験では、
【患者報告アウトカム】(PRO・Patient Reported Outcome)
という言葉があるらしい。
これは、薬を使った被験者が症状などを主観的に評価するシステムなのだが、
根本に「治療は患者のためにあるものなのだから、医薬品の評価にも
患者の主観的評価を積極的に取り入れていく」という考え方があるらしい。

痛みや味覚などを伝えるのは本当に難しいけれど、より良い薬と治療を願うならば治療される患者にも
医師に丸投げでなく、ある程度自身がやらなければならないことってあるんだな、って最近思う。
伝えなければ医師も状況を把握できないので、今は下手くそでも、これは根気よく良い伝え方を研究していこう。
辛いときほど書き殴りでよいからメモをしようと思った。

「それを早く言ってくれていれば」ということで私も先生もあとで後悔したくないはずだ。
私の下手な説明を理解しようと
眉間にシワをグッと寄せて
根気よく聞いてくれるC先生に感謝、感謝。

口内炎対策の氷については今も口内炎ができていないのなら無理しなくてOKということになった。
下剤なんてよくよく数えたら70錠近く残っていた。

「はいはい。じゃもうデカドロンとカイトリル以外は要らないね。眠剤は?」

「それは少し欲しいです」

デカドロンもカイトリルも制吐剤なのだが
デカドロンに興奮作用があって飲むとぐっすり眠れないのだ。
2~3時間ごとに起きてしまうので(年齢のせいか、トイレもあるんだけどね)
2回目の時に導眠剤を処方してもらった。

「それでもこの導眠剤はあんまり強くないからもしかすると夜中に目覚めてしまうことがあるかも。
と言ってそこで続けて飲むと翌日に支障が出るから・・・」

「諦めてモンモンとしていろ、ということですね。分かりました」

私はもうひとつ、本当は報告したくなかったのだが絶対聞いておきなさい!というパートナーのありがたい【ご指導】を受けたことをしぶしぶ付け加えた。

「先生。あんまりこの治療と関係ないと思うのですが・・・」

「何?」

「足の親指が赤く腫れてかゆいのです。2日前から」

「どれどれ。あー。・・・水虫?」

ほら!だからこの治療とは関係ないって言ったのにぃ!!

「いや、でも・・・そうでもなさそうな気もするなぁ。
投薬まで1時間あるから皮膚科を受診して診てもらって来なさい。
カルテ書いておくから」

結局この日は、投薬までの1時間を2フロア下の皮膚科受付前で過ごした。
乳腺外来とか腫瘍科では、あんまり目立たないのだが
ケアキャップと投薬準備で左腕に刺さっている注射姿が
皮膚科では思いきり浮いていて
同じ病院の中だけどどうにも気まずかった。

ちなみに受診結果は

「これが全体的に広がれば、副作用も考えられるのですが、
ここ1か所だと今の段階ではなんとも言えないですねぇ。
軟膏を出しておくので、様子を見てまた来てください」

だって。もう。

 

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第26話【禁煙再挑戦】

1時間15分の投薬を終え化学療法室から出て
身支度をしている時にアナウンスが入った。

「O野さん。O野K子さん。◎番診察室へどうぞ」

「へ?」

たった今、投薬を終えたのになぜ呼ばれているんだろう。
しかも私の担当のC先生はその診察室ではないはずなのだが?

いぶかしげに周囲を見回すと、3m先で動き出した車椅子があった。

(もしかして!!)

高齢の女性が座った車椅子を
私と同じくらいの年の女性が押している。親子だろうか。

アナウンスされていた番号の診察室へ入って行った。
今の女性がもう一人のO野K子さんなのかもしれない。
不思議な感じがした。
日本の人口は1億2600万人くらいだから同姓同名の人はいると思う。
でもこの廊下で出会ったのはやっぱり不思議な感じがした。

不思議といえば、私の女の家族は、
祖母・母・私と3代で乳がんになったが3人とも同じ年齢だった。
確かに40代に多い病気だけれども
全く同じ年齢というのも、これもまた不思議な感じがする。

感慨にひたりながらの帰り道、自宅近くの薬局に
禁煙補助薬のチャンピックスを取りに行った。
チャンピックスは、最初の3日間と以降では薬の量が違うのだが、
診察した日は最初の薬が在庫切れだったのだ。
翌日は30分早く閉店することを知らなかったので受け取れず、
そのあとは仕事の都合で営業時間に間に合わなかった。
結局、診察から1週間経ってしまった。

禁煙外来は保険適用に、最初の診察から数えて期限がある。
チャンピックスは服用して7日間は喫煙しても良いことになっていたが、
保険適用内に終えようと考えると、私が喫煙しても良いのは
チャンピックスを服用していようと、いまいと今日までなのだ。

チャンピックスにも副作用がある、と説明は受けていた。
夢の話や吐き気、便秘等…。
投薬の日に始めるのは正直怖かったが、仕方ない。
むしろ私は苦しむくらいじゃないと禁煙出来ないかも、と思っていた。

食事のあとのデカドロン。
最近、これを飲むとなんだか気持ち悪くなる気がしているが、
今日はこれにチャンピックスが加わる。
ベットで横になると悪心が始まった。

投薬3回目で始めて感じるギブアップ感。
テレビの料理映像でさえムカムカしてしまう。

ここまでの悪心は始めてだ。
次回の診察の際に報告が必要だが、原因が投薬なのか
チャンピックスなのか微妙に分からない。
手足の脱力に加えて、気力も奪われていく。

(今、タバコを吸ったら絶対おいしくないよね)

ヨロヨロしながら起き上り、タバコに火を付ける。
うん。思ったよりマズくはないけどおいしくもない。
この「おいしくない」という感覚が禁煙したい人にとって
このあと大事なのよ。

そんなことを自分に言い聞かせながらも
喫煙の思い出が走馬灯のようによみがえる。
会社に当たり前に【喫煙室】とか【タバコ部屋】と
呼ばれる部屋があった頃、そこでは所属や職級を超えた
【喫煙者】だからこその知り合いが出来たり、聞ける話があった。
私が子どもの頃は父親のお遣いで近所のタバコ屋さんに
ハイライト買いに走ってた。200円握りしめて・・・。

う~ん。200円か。
今は410円だから考えるとタバコもずいぶん高くなったね。
節約の意味でも、やっぱり禁煙したい。

 

 

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第27話【幸運のノック】

FEC3クール目は大きな不調はないものの、
1、2クールでは感じなかった症状いくつか出ていた。

まず息切れと動悸。
どちらも瞬間的なものなのだが
夜の勤務先が混んでいて、
少しスピードアップした動きを続けたりすると
息が切れてドキドキしてしまうことが何度かあった。

次に両手の親指の変色。
うっすらとではあるが、爪半月の上の部分が紫色がかってきた。
そして私が一番、驚いたのが便秘。
2クール目までほとんど影響はなかったのだけれども、
3クール目ではいきなり通じが悪くなった。
朝昼晩の3回下剤を飲んでようやく、と言った感じ。

「元気、元気」と思っていても、徐々に蓄積された
薬の影響が出てきている、ということなのか。
だとしたら、予定も少し用心して立てたほうが良いかな。

そんなことを考えていた時、Gさんからメッセージが届いた。
私は前日に乳ガンになったことと、このブログを始めたことを
親しい人に知らせていたのだが、ブログを読んでくれたらしい。

私は昔、ミュージカルの学校に通っていたことがあった。
Gさんは私より歳下だったが、1期上の先輩にあたる女性で
小柄ながらその歌声やダンスはとてもパワフルで、笑顔が魅力的な人だった。
卒業後は、舞台での活躍はもちろん、
子どもたちの情操教育(ちょっと表現が古いかも?)など
いろいろなお仕事でその能力を発揮していた。

【食事療法】を考えているのなら
紹介したいお店がある、と連絡してくれたのだ。
食の大切さを伝えるお仕事もされているらしい。
素直にありがたかった。

私は標準治療(化学療法、手術、放射線療法)に加えて
食事についても見直そう!と意気込んではいたのだが
なにせ今までが肉と白飯に偏っていたのだ。
その反動は、なんとなくありがちな
「とにかく野菜!!とりあえず野菜?」で終わっていた。
Gさんはそんな私を見抜いたようだ。
是非、お願いしたいです、とメッセージを送ると
それならお店に相談してみましょう、と
忙しい身なのにすぐに返信を頂いた。嬉しかった。

その2日後は、かねてより約束をしていたHさんと再会した。
ミュージカルの学校で同じ舞台に立ったHさんは
明るくて人あたりが良く、クラスの【癒し】的な存在だった。
そのHさんは私より少し先に同じ病気と闘っていた。
素直に頼りたかった。

Hさんは最後の化学療法を終えるところで
副作用はかなりキツイ、と連絡をもらっていた。
事前に病院で説明されるあらゆる副作用が出ているらしい。
そのうえ7月に入ってからの連日の暑さで大丈夫かな、と心配していたが
当日待ち合わせたヴェトナム料理店には元気なHさんが入ってきた。
良かった。

注文もそこそこにHさんが切り出した。
「身体が痛いんだって?」
C先生にうまく話せなかった、身体の奥をグッと押されるような痛み。
ひとりで勝手に【ぐわしっ!痛】と名付けた痛み。

その話について私は事前に連絡していなかったのだが
やはり一緒に舞台に立ったIさんが
Hさんに私のブログ記事を送ってくれていたらしい。

「はい、でもいわゆる血管痛ではないんです」

「うん、うん」

抗がん剤は、がん細胞だけでなく
正常な細胞も傷つけてしまうのだが、
血管も刺激するらしく、しばしば点滴をした左腕の
血管が突っ張るような痛みがあった。
長時間続くことはないのだが、これがなかなかに痛い。
ただ先生に訴えたかったのはこの痛みではない。

「その痛みはね・・・」

Hさんが話してくれたその【痛み】。
それは私がまったく想像していなかったものだった。

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