第2話【紹介状】

出来れば休みをもらった今日中に診察を受けたい。
改めて休みをお願いするのは、色々と面倒だ。
でも近くにあるだろうか。あっても予約が取れるだろうか。

祈るように検索エンジンに「乳腺外来」と希望の地域を入力した。

「あった。B医院」

ラッキーなことに駅の向こう側にあった。
早速、電話してみるとベテラン風の明るい女性の声が聞こえた。

「どうされましたか?」

私は数日前に気付いたことと、今日の経緯を話した。

「それなら当院の受診ですね。
今日の予約を入れますので、お名前をフルネームで頂けますか」

「O野K子です」

「あら、O野さん?この前いらっしゃたばかりですよね。」

「いえ、初めてです」

少し間があった。何かガサガサ書類をめくるような音が聞こえた。

「申し訳ありません。では生年月日もお願い致します。」

ついさっき自分も受診科を間違えたので人のことは言えないが
随分とおっちょこちょいな人だ。

午後の診察が15時からだったので、私は急いで事務所に戻り、
昼食を片手に仕事をやっつけ事情を説明して早退させてもらった。

少し早めに着いたB医院は賑やかなK商店会を抜け、静かな住宅街が始まるところにあった。
広めの待合室には他の受診者はまだいない。
ガランとして静まり返った待合室の窓から見える曇り空に、朝とは違って私はなんとなく憂鬱を覚えた。

自分のミスだけれどバタバタして疲れた。
でももう少しで終わる。

「身内に乳癌経験者がいるのに定期健診を受けていなかったのかい?」

半ば呆れたような声を出したB院長は、50代くらいの男性の先生で、すぐにマンモグラフィーとエコー検査を始めた。

マンモは何回か更衣室から呼び戻され角度を変えて撮影をした。

その度に胸を挟まれ痛い思いをするわけで、何のために今まで色々理由をつけて検診を避けてきたのか考えるとちょっと情けなかった。
こんな思いをするくらいなら来年からはキチンと受診しよう。

通常であればこんなに何度も撮影することはないはずだ。

なんとかかんとか検査と着替えを終えて待合室でほっとしている時に、
ふと院内の貼紙が目に入った。

『シコリや痛みのすべてが乳癌とは限りません。
一人で考え込まないで、きちんと病院で検査を受けましょう』

そんなような内容だったと思う。

100人シコリが見つかっても最終的に乳癌と診断されるのは5人もいない、と昔、聞いたような気がする。
私もそうだ。くじ引きだってあたらないのだ。
そんな確率の少ないものにあたるはずもない。気楽に考えていた。

「右にシコリがあると言っていたけれど、左にもあるの、自覚ないんだね?」

検査の写真を見ながら先生が言った。

「はい。言われるとエコーの時にちょっと違和感を感じましたが…」

先生はその問いに対してすぐには反応せず、写真を見ながら頭の中で何かをまとめているようだった。そして続けた。

「そうですか。右側のシコリも左側のように、もう2年早く見つけられると良かったです」

今回も乳腺症と言われるだろうと信じ切っていたからか、疲れてしまっていたからか、先生が何を言っているのか、すぐには理解できなかった。ただ、早く安心して帰りたい。

私は先生の言葉の意味を確認しようと、座り直し身を乗り出した。
その時、すでに作成されていた診断書の文字が見えた。
そしてようやく自分の状況が理解できた。

『両側乳癌の疑い』

泣いていたのだろうか。あまりに想定していなかった事態に言葉が詰まってなかなか出てこない。
先生はうちの病院でも治療出来るが、身内がかかっていた病院が良ければ紹介状を書く、どこの病院か、
と聞いているようだったが展開が早すぎて頭がすぐに反応できない。

看護師さんが落ち着くまで、と別室に案内してくれた。
少し時間をもらい母に電話をし、同じ病院に行くべく病院名と主治医の名前を確認した。

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