第36話【脂肪沈着】

不安で不安でたまらない「ドセタキセル」と
「ハーセプチン」の副作用。
投薬中にアナフィラキシーショックを起こしてしまう人もいる、
とのことで初回は3時間かけて、ゆっくり、ゆっくり
身体の調子をみながら投薬する。

「お薬の説明は薬剤師から受けていますか?」
化学療法室の看護師さんが私の不安そうな顔を見て声を掛けてくれた。

(そいういえば、FECの時のような説明は受けてないかも)

ドセタキセルとハーセプチンについては、
先輩サバイバーのHさんの体験談とC先生からはザっと聞いただけだ。

(だから不安なのかも)

FECではほとんど副作用がなかったので高をくくっていたのだが、
Hさんの話を聞いてから不安で不安で仕方がない。
その気持ちを看護師さんに素直に話した。

それならば、ということで投薬中に
薬剤師さんの話を聞きましょう、と手配をしてくれた。

私は根が単純なのだろうか。
あれだけ不安だったのに、薬剤師さんからの説明を聞き終えた瞬間、
安心してしまった。

当日、私は朝から(恐らく不安で)あまり体調が優れず、
ひたすら寒く、爪の変色を防ぐフローズングローブも見送ったが
説明を聞いたあとはうつら、うつらしてしまうほど
リラックスしていた。
3時間もかけて投薬するのは初回だけ。
次回からはもっと早く終わる、とのことで一安心。

C先生の言ったとおり、帰宅後も
私はアレルギーも悪心も何も出なかった。
FECの時はさすがに投薬直後は寝込んでしまったのだが、
今回はあまりに元気で
食事の支度やら掃除やら家事まで出来てしまった。
心配して早めに帰宅したパートナーも驚いていた。

さすが、C先生。
決して言葉数の多い先生ではないけれども、
しっかり私の体質を見極めてくれているのか、
今のところ先生の言ったとおりだ。

そう、先生の言ったとおり。
C先生の言ったとおりのことがあと2つある。

投薬してから1週間。
たった1週間でまた2kg近く太ってしまった。
なにせ食欲がとまらない。
頑張って食べている、と思っていたのに
このところ食べたくて、食べたくて、食べている。
あっと言う間に顔と肩とお腹周りがパンパンになってしまった。

これはかなりやばい。
すでに手持ちの服が合わなくなってきている。
新しい薬の投薬は始まったばかり。
食事についてはしっかり管理しないと
このまま太り続けたら・・・

というか、すでに人に会うのがちょっと恥ずかしい。

 

2+

第37話【激痛】

ドセタキセル及びハーセプチンの投薬からそろそろ1週目が終わる頃、
とまらない食欲に、身体がだんだんと大きくなり、
着られなくなる服が増える、
という
極めて深刻かつ重大な副作用の他は、特になかった。
が、「楽勝!」と思った週末、突然、発熱と全身の痛みがやってきた。
夕刻から感じる痛みとだるさ。

(これがC先生と薬剤師さんが話していた痛みか)

夕暮れが進むにつれパソコンに向かって座っているのが
だんだんとキツくなってきたが、
それでも前もって聞いていたおかげで
まずは冷静に状況を受け止めることができた。
事前に渡されていた抗生剤と痛み止めを
うっかり自宅に置き忘れていたので
これは帰宅するまで我慢しなければならない。
明日の土曜日は予定があったが、この調子ではおそらく
帰宅してベッドに入ったら起き上がれないだろう。


帰宅前にキャンセルの電話を入れた。
電話の向こうで心配そうな声を出しているのは
後輩のIくん。
彼は役者をしながら、芸能プロダクションのデスク業務を手伝っていた。
彼とわたしは同業だ。
傍から見ると、不器用なほど
何事も真面目に取り組むIくんの仕事ぶりが目に浮かんだ。

今日の仕事の片はついていた。
その安心感もあってか時間を追うごとにひどくなる痛みに
うめき声がたまらず漏れて机に突っ伏す。
(こういう時、一人スタッフの職場は
周囲に気兼ねがなくて気楽で良いな、と心から思った)

案の定、帰宅してから日曜まで、痛みで呻きながら
ひたすらのた打ち回っていた。
ちなみに全身が痛いので、さすがに前向きな私も
「ひでぶ!」で笑いという余裕は今回は全くない。

一人で痛がっているには耐えられそうになく、
つい甘えてベッドから状況をFecebookに投稿。
すると、心配する友人や親族からすぐさまメッセージが来た。

とても有難かった。
と、同時に自己嫌悪も感じた。

束の間の痛みをが和らげるため、
親族や友人からの優しい言葉を期待した自分。
こんないやらしい投稿はやめよう。

しかしそんなことを考えるまでもなく、
その後はあまりの痛みが続き、SNSに投稿する余裕はなくなった。
このブログも8ケ月止まってしまい、以降は回想録になる。

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第38話【退職】

ドセタキセルはとにかく身体が痛かった。
そしてあっと言う間に太った。
鏡を見るたびにため息が出た。
治療のための投薬で見た目が変わるほど太ってしまうのは
実は初めてではない。
5年前、うつ病の治療をしていた時に処方された薬も
体重が激増するものだった。
その後、元の体重に戻すためどれだけの努力をしたか、
辛すぎてなのか、加齢のためなのか
よく思い出せない。
さらにため息が出た。

人間、見た目がすべてではないけれども、見た目も大事なのは確かで
この頃にはすっかり人に会うのが嫌でたまらなかった。
加えて身体の痛みで、毎日自分のことで手一杯になった。

一人スタッフの職場は、
自分のペースである程度仕事ができる気楽さがあったが
もうすぐ迎える入院中の業務対応や
手術直後は思うように動かないであろう
身体を考えると、一人で全てを行う職場で働くことに限界を感じた。

治療を始めるにあたって、
いつかは退職しなければならないんだろうな、と感じていた。
だからこの5か月、なんとなく日々の出会いの中で
わたしは業務を引き継げる方がいないか探していた。
幸運にも少し前から事務所の仕事を手伝ってくれていた方が
承諾してくださったので、手術の3週間前にわたしは退職した。

手術まで2週間。気づくと秋もだいぶ深まっていた。
手術をしたら、当面、利き腕が不便になる。
わたしの家では、力仕事はわたしが担当なのだ。
手術を終え、退院する頃には年末の大掃除が待っている。
掃除は大好きなのだが、今年はほとんどできないだろう。

少しでもきれいな部屋で新年を迎えたかったのか
手術や術後の生活への不安を忘れようとしていたためか、
この頃のわたしは、ただただ掃除ばかりしていた。

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