第5話【インフォームド・コンセント】

乳癌疑いの診断が出てから3週間が経とうとしていた。

確かに胸のシコリは認識しているが、それ以外に体調の異変は感じない。
むしろ元気なくらいだ。本当に乳癌なのだろうか。
なにかの間違いではないのだろうか、と一瞬思う。
しかし数分後には、もし癌の場合、どの程度進行しているのだろうか、
手術の度合いや治療に掛かる費用はどれくらいかかるのだろうか、
といった不安がグルグルグルグル毎日回り続けた。

あと数日で確定診断が出る。
そうすれば例えどんな結果が出ても、グルグル回り続ける不安の回し車をひたすら歩き続ける毎日が終わる。
むしろ解放されてすっきりするんじゃないだろうか。

そう考えたとき、昔見た伊丹十三監督の【大病人】という映画を思い出した。
この映画の主人公は当初、主治医に末期癌であることを告知されず、「胃潰瘍」として治療を受けるのだが、入院中に知り合った癌患者との会話で自分が末期癌であることを知ってしまう。物語の中で、

「医者のために患者がいるんじゃない、俺の体のためにお前のメスがあるんだ!」と、主人公が主治医に向かって叫ぶセリフがあった。

今まで私は自分の健康については無頓着だった。
もっというと自分自身について無頓着だった。
それは周りの人の顔色ばかり気にする性格からなんとなく自分の気持ちや考えを引っ込め続けてきたせいなのかもしれない。

「インフォームド・コンセント」という言葉は聞いたことがある。
病状や治療行為について医師から納得いくまで説明を受け、治療を受け入れるか否かについて医師と患者が合意することだ。
これは説明を受ける患者の私にも基本的な知識と、なにより自分の治療については自分で決める、という
意思がなければ成り立たない。

勉強してもすべて理解はできないかもしれない。
でも知らなければ、自分が分からないこと、疑問と思うべきことにさえ気付かないだろう。
そして今回は自分自身の健康のこと。命のこと。
今までのようになんとなく流されていく自分ではダメなのだ。

数日後の確定診断の際に私はC先生の説明をきちんと理解し、自分で判断しなければならない。
ただただ不安の上を歩き続けている場合じゃない。
ふと、やるべきことに気付いて足を止めた時、延々と続くと思われた回し車から私はようやく降りることが出来た。

 

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