第7話【治療計画】

【浸潤性乳管癌】

乳房には「乳管」と呼ばれる管(母乳を運ぶ管)と
その先に母乳を作る「小葉」がある。
これが乳頭を中心に放射線状に
15~20個ほど集まっている組織が
「乳腺」と呼ばれるもので、乳ガンの多くは
この「乳管」に発生するという。

「浸潤性」とは、癌細胞がこの乳管の壁を破って
外へ出てしまっている状態で、リンパ管や血管の中に入って
全身に転移する可能性があるということだ。

私の場合、小さいが3つほど脇の下に転移しているという。

「K子さんの癌のタイプはね、増殖力が強くて早いの」

先生は進行の具合を示す【ステージ(病期)】のあとで
癌細胞の性質や増殖力を示す【サブタイプ】について説明を始めた。

癌の性質を確認するには病理検査で次の項目をチェックする。

1.ホルモン受容体の有無
→女性ホルモンの影響を受けて増殖するタイプか否か

2.HER2(ハーツー)過剰発現の有無
→HER2タンパクが過剰であるか否か。

3.Ki67の値
→癌細胞の増殖の早さ

素人の私にも分かるように
かなり噛み砕いた先生の説明によると、私の癌は

「女性ホルモンを食べるだけでなく、
他のエサも食べるタイプですごい勢いで大きくなる」

【ルミナルB型 HER2陽性】

なのだそうだ。

転移している、と言われても割と落ち着いていたが、
進行が早い、と言われて私は笑ってしまった。
身体の中の癌細胞が、
<雑食で、早食いで、すぐ太る>自分に似ているな、
と一瞬、思ってしまったのだ。

「淡々と説明を聞いているけど、大丈夫?ここまで分かる?」

精神的ショックのほうは大丈夫だった。
ここで泣いても結果は変わらない。
ならば先生の説明をしっかり聞かなければ、という気持ちがあった。
事前に勉強していたが、全くの素人が一から勉強しているのだ。
【サブタイプ】についてまでは勉強が追い付いていなかったので
予定している治療法について集中して話を聞いた。

エストロゲン受容体(ER)、プロゲステロン受容体(PR)がある人は、
女性ホルモン(エストロゲン)が結合し癌細胞を増殖させてしまう。
であれば、薬でエストロゲンの働きを鈍くしたり、
産生を抑えてしまえ、というのが<ホルモン療法>
私はPRは少なかったがERが高かった。
どちらか一つでも該当するなら陽性、ということらしい。

HER2というのはちょっと難しかった。
正常であれば「HER2タンパク」とは細胞の増殖調節に関与している
ものなのだが何らかの変異が起こるとがん遺伝子になる。
「HER2タンパク」が異常に多いことを「過剰発現」、
で、その「過剰発現」になると癌細胞に「増えろ!増えろ!」と
命令して癌が大きくなってしまう、ということらしい。
今まではHER2があると転移や再発しやすいので予後が悪い、
とのことだったが、最近では「ハーセプチン」という薬があり
かなり効果があるらしい。
一般的な抗がん剤は、正常な細胞まで攻撃してしまうが、
この「ハーセプチン」は、ターゲットのHER2を狙い撃ちできる。
これが<分子標的薬療法>なのだ。

私のガンの状態は決して楽観視できるものではないが、
だからこそ薬の効果も期待できるように思われた。

C先生は術前に7か月ほど、抗がん剤、分子標的薬療法で癌細胞の制御を行い
その結果で手術の度合いを判定、その後、放射線治療、ホルモン療法を行うことを提案した。

どんなに頑張って勉強しても、
手術そのものに対する心の準備はまだできていなかった。
だから薬が効いて乳房温存手術の可能性があるならありがたい。
私は先生の提案通り治療することに同意した。

診断を聞き治療計画を決めて病院を出る頃には
雨は止み、荒れていた空は穏やかになっていた。

 

 

 

 

 

 

 

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第28話【グッド・ニュース】

「抗がん剤治療を始めると白血球が減るでしょ?
O野ちゃんのその痛みは、少なくなった白血球を
骨が作ろうとしている時の痛みなんだよ」

「えええっ!?」

驚いた。いや本当に驚いた。
高校だったか中学だったか、理科の授業で学んだ
「骨髄=血液をつくるトコロ」のお話し!?

痛みをうまく伝えられないので
C先生にはもちろん、ネット検索もできなかった。
それが、IさんがHさんに知らせてくれたおかげで
再会して10分もしないうちに私が最近悩んでいたことが
あっと言う間に解決してしまった。
やっぱり同じ病気をしている人の話って聞くべきだなって思った。
そしてIさんに感謝した。
実はその日、Iさんは音楽劇の公演の初日を迎えていたのだ。
私は今頃、場当たりをしているだろうIさんを思った。
最初は迷ったが、親しい人に近況を話して良かった。
本当に困った時、いつも私は誰かに助けてもらっている。

それにしてもこの痛みは良い痛みなんだ。
身体が病気と闘っている証なんだね。
くだらないけど直感的に「ひでぶ」じゃなくて
「ぐわしっ!」にして良かった。

「それとね・・・」Hさんが続ける。

「私も同じFECをやっているけど、FEC自体では
しこりはそんなに劇的に小さくなったりはしないらしいよ。
むしろこのあとにハーセプチンを予定しているんでしょ?
これは本当によく効くらしいよ!」

Hさんが入院中、隣のベッドにいた患者さんは
薬剤師さんで薬の話をよくしていたらしい。
その薬剤師さんも私の治療計画に入っている
分子標的薬療法の「ハーセプチン」は絶賛していたとか。
ほかにも同病の友人の方がこの薬を投薬したことで
ガン細胞がなくなった事例などもあると話してくれた。
HER2陽性でこの薬の投薬対象になったのは
むしろラッキーだと思っていいんだよ、と言ってくれた。

ここのところ、「元気です!大丈夫!」と言いつつ
少しづつ出てきた副作用と実感できない治療効果に
正直、不安な毎日を送って来ていた。

だから私はその日、久しぶりに安心してたくさん笑っていた。

「そうそう、笑いと言えばさ・・・」

同じ病気をしている女子同士の会話は【脱毛】に及ぶ。
詳細は内緒だけれど、髪の脱毛パターンは人それぞれ。
Hさんのパートナーさんが彼女を見て言った感想。
そのキャラクター名を聞いて思わず笑ってしまった。
でも<笑い飛ばす>くらいの気持ちが大事だよね、との結論になる。

ヒソヒソ話とクスクス笑いは続く。
あのね。
副作用で抜けるのは【髪の毛】ではありません。
厳密に言えば【体の毛】。

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第35話【ハーセプチン・ドセタキセル1st】

今日、雨が降ると1977年以来の22日連日になります!と
ワイドショーがやっていた。

ここのところ、突然、雷を伴った大雨に見舞われるので
洗濯も外出もなんとなく消極的だった。

今日からドセタキセルとハーセプチンの投薬が始まる。
FECはなんとか乗り越えだけれども、今回はどうだろう。
副作用余りないです!って喜んでいたFECでも
投薬3日間はやはりシンドかった。
起きて背骨と腹筋を立たせておくことがダルかった。
だから、帰宅したらそのままベット行きなのだが、
寝込んでしまうと料理が出来ない。
パートナーも料理はするが、それでも数日前から
日持ちのしない葉物や調理に手間がかかる食料品の購入は
なるべく控えるようにして、調子が良ければ買い足しに行った。
4日目以降は比較的元気なのだが、これもクールを重ねるに従って、
少しだけシンドイ日が多くなった。
友人が外出に、と色々と誘ってくれるが
ギリギリまで体調を見てからでないと約束するのも躊躇ってしまう。

予定が立てられないフラストレーションと、
かつ未知のドセタキセルの副作用に怯える気持ちを抱えながら診察室に入った。

触診のあと、段々とたまってきた疲労感など不調について報告する。
特に副作用で止まるだろうと言われていた生理。
実は3クールまでは普通に来ていたが、4回目でとうとう異常を感じた。

「そろそろ機能障害が出ていると思ったほうが良いわね」

やはりそうか。
最近、イライラするのもホルモンバランスが狂っていらからなのかも。

「それと、この3週間で2kg、体重が増えました。
ウエストがキツくて、顔が大きくなった気がします」

「確かに。食事は?」

「ちゃんと食べてます。むしろ食べないと体力なくなるから、
頑張って食べてます。」

「あ、それだ。無理して食べちゃダメ。普通でいいの。
とにかく食べろって言う人がいるけど、普通でいいの!」

吐き気止めで飲んでいるデカドロンは
いわゆるステロイドなのたが、太りやすいそうだ。
今回からはこのデカドロンが増える上に、ドセタキセルは浮腫み(むくみ)やすい。そこにもって来て、食べなきゃと思い込んでしまう方がやはりいるらしく、投薬の数ヶ月で7kg増えてしまった患者さんがいたそうだ。

素人ながら、そこまで体重が変わると
投薬量も変わってしまうんだろな、お金が掛かりそうだなって
変な心配をしてしまった。

「ドセタキセルは吐き気は余りないの。
アレルギーは今日、出なければ大丈夫。
但し3回目から浮腫むかも。
筋肉痛もでるから、新しい薬が追加になるからね」

吐き気なし?
先輩サバイバーから聞いた話とだいぶ違うが、もちろん個人差があるので、
最終的にはやってみないと分からない。
またか。思わず恨めしげな顔になる。

「でもね、しこりは小さくなってる。効果出てる、良かったね」

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